日常

未分類 2016-07-12

SDIM5739

今回の選挙、何だかあっけなく感じる。
争点はどこだったのか?

先回は余りにもバカバカしくて選挙へ行かなかった。
今回は投票したが、何だか冷めた気持ちだ。

すべきことは選挙へ行くことよりも大切なことがあると思っている。
日常と言う中で、生きることに責任を持って日々過ごすこと。その結果が社会を作り、政治家も生まれる。
もし、自分たちの食べ物を自分たちで作ることを放棄したならば、
もし、自分たちの地域を自分たちで守ることを放棄したならば、
もし、地域の子供たちを地域で育てることを放棄したならば、
もし、地域で労働をすることを放棄したならば、

社会と言うものはどうなるのか?
昼間すっかり周りに人が居なくなった畑で考える。平日、自宅周辺に居るということが不自然なこの時。
人々の関心事は?

今回の争点の一つ、憲法改正。
特に9条は恐らくこの国にはふさわしくない状況になったのだろう。この国の行いによって他国から恨まれる状況があるということに背を向けて、平和や反対を叫んだって何の説得力があるのか?

恨まれない為には経済に社会保障に、安全保障に背を向けることになる。平和を求めると言うことは、自分たちの平和ではなく、他の平和を願うことであって、他を優先することである。その覚悟があって初めて平和という議論が始まる。自分たちの為ならば経済活動と武力は必須ではないだろうか?
もし、自分の子供が殺されても暴力で復讐をしないと言うことができるのか?
戦争と言うのは怯えと、憎悪の塊だ。

戦争を放棄すると言うことは怯えと、増悪に立ち向かえるだけの忍耐と信念が必要だが、もうこの国にはないということだろう。

自分たちの足元を見つめ、日々の暮らし方が消費という経済の上にあるのか、生産という作り生きると言う上にあるのか、選挙の結果は単純なことなのだろう。
事の本質は自分自身にある。他者へ責任を求める時代、そういう発想は難しいのかもしれない。

ちゃんとした日常を過ごしたいものだ。

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